
「旧東海道品川宿周辺まちづくり協議会」
江戸時代に東海道の第一宿場町として栄え、多くの人やモノ、情報が行き交った品川宿。現在でも約4kmにわたって旧道が残り、神社仏閣が立ち並び、年中お祭りが行われる歴史情緒あふれる地域である。

この歴史と文化に彩られたまちを後世に伝えようと活動しているのが、「旧東海道品川宿周辺まちづくり協議会」のみなさんだ。昭和63年に品川宿周辺の町会、商店街、商店会が協力して設立して以来、20年以上にわたり観光に配慮したまちづくりを進めてきた。世代を超えて協力し合い、和気あいあいと楽しみながら地域を盛り上げていく、協議会にはそんな気風がある。そして、外から移り住んできた人や、初めて品川宿を訪れる人を温かく迎え入れる度量の広さがある。
しかし、こうした雰囲気は、昔からあったわけではなかった。「協議会を立ち上げた頃は本当に大変だった。自分たち若者が中心になって地域のために動こうとしても、年配者には怒られるし、商店街や町会の方々との調整は難航するし・・・」と語るのは会長の堀江新三氏。
地域ごとの確執も多く存在していた当時、若者の動きに対するまちの目には厳しいものがあった。転機は平成元年の“幻の宿場まつり”。実施に向けて、多くの方の協力や多額の資金を投入していたものの、台風の影響でまさかの中止に。若手メンバーに、「失敗した・・・もうこのまちにはいられない」という意識が生まれ、会を解散しようという話も出た。そんなとき、誰かが言った「協議会ができたからこそ、これまで地域内でバラバラだった人たち同士が初めて出会えた。これは失敗じゃない」の一言がきっかけとなり、再スタートを切った。これまで“敵同士”だった地域の方々が少しずつ協力し合う体制ができていった。

以来、協議会は紆余曲折を経ながらも検討会や勉強会を重ね、継続的な祭りの実施や景観の整備事業への取り組み、交流やまちづくりの拠点となった品川宿交流館の開設など、地域をあげてまちづくりに励んできた。「途中でやめなかったことが大きい」と堀江氏は振り返る。
長年の活動の中で堀江氏が大切にしてきたことは、「すべては人と人。理解して分かり合える」ということ。協議会設立当初は、地域のあらゆる会合に積極的に顔を出した。「こちらから飛び込んでいくことが大切。口だけでは決して人は巻き込めない」。そして近年、地域内外を問わず、若者を中心にユニークな活動が次々と生まれ始めている。堀江氏は、少しでもまちのためになるなら、協議会として全面的にバックアップしたいと考えている。こうした新しい動きは、協議会が掲げる「どなたでもウェルカム、どんな提案もオーケー、全てオープン!」というモットーが、形になって表れてきた証拠だといえる。

