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目白バ・ロック音楽祭の発起人。
人と社会の接点をデザインする
デザイナー 筒井一郎さん

*下記写真* 撮影:長澤直子 (c)目白バ・ロック音楽祭



 東京・目白界隈で、2005年から2008年にわたり4回開催された「目白バ・ロック音楽祭」。目白通り周辺にあるいくつかの教会や大学の施設などを会場にバロックなど古楽のコンサートが繰り広げられ、延べ来場者数は約12,000人を数えた。音楽や街に親しむこのイベントで、目白ブランディング効果は5億円以上と評価された。

 さて、「バ・ロック」とは、目白というバ=場に、ロック=挑戦的な人が集まるという造語であり、活動理念である。そして、驚くべきはこれら一連の発起人は、まさにこの理念を象徴する「ロック」なデザイナーの筒井一郎氏なのであった。2009年3月、目白バ・ロック音楽祭は、彼の強い意志で「第一幕」の終了となったが、一市民として立ち上げたこの壮大な発想と実行について聴いてみよう。

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目白聖公会での演奏会風景

--筒井さんは、「ヌールエ デザイン総合研究所」の代表でいらして、ご自身がデザインをされるわけですが、「目白バ・ロック音楽祭」の発想は、どこから生まれていったのでしょうか。


 僕は、デザイン会社を経営していて、webや印刷物のデザインもするのですが、デザインということについて、自分なりに解釈している「デザイン」があるんです。帰国子女だったこともあって、なかなか人とのコミュニケーションがうまくとれず、社会との接点ももてずに、20〜30代を過ごしてきました。だから、コミュニケーションとれないことが、ある種のトラウマになってしまったところがあるんです。そこから「発明する」という芸に磨きがかかりました。私のアートディレクター名はイアンですが、それは「いい案(Good idea)」からきています。

 人や社会とのコミュニケーションは誰もが望んできること。僕自身の武器である発明(=デザイン)という方法を用いて何かが作れるのではないかと考えていました。それに、根本にはアートが好きというのがあります。面白いとか、ビックリするとか、素敵だな、とか。アートの持っている可能性に発明家としての興味があるんですね。

 そういうなか、15年ほど目白界隈にオフィスを転々とさせていて、目白にはけっこうギャラリーもあるし、人形作家とか個性豊かな方が住んでいらして、面白いなあと思ったんです。だけど、それらは点であって、なかなか接点がない。それで、それら人と街、アートをつなぐ、関連づける設計(=デザイン)をしてみたいと思うようになり、まず、2002年に目白界隈12のギャラリーの「目白ギャラリーマップ」を制作したんです。お互いのギャラリーが回遊できるようになって、点だったお店が地域という面になりました。年2回、花、木、茶など統一テーマで合同の展覧会もしました。

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これが原点。目白ギャラリーマップ


 ただ、集客の面では、もの足りなさを覚えました。いろいろと考えた結果、「作品は腐らないからではないか?」という考えに至りました(笑)。生もの、消えてなくなってしまうものです。チケットを買ったら、雨が降ろうがその日・その時・その場所に行かなければならないという状況をデザインしよう。そこで、時間と場所を絞り込める「音楽」にトライしてみようとなったわけです。2004年ごろ、ちょうど音楽関係の2人に出会ったことも契機になりました。

——人と街と音楽をつなぐことになったわけですね。では、「バ・ロック」のコンセプトについて、もう少し詳しくお話しいただけますか。


 「目白ギャラリーマップ」を作ったおかげで、僕自身、目白通りの一方に東京カテドラル聖マリア大聖堂があり、もう一方には聖母病院があるということに気がついたのです。そうか、この通りは2人のマリアがいるんだと。ストーリーとして、大天使ガブリエルが目白に舞い降りて人にチャンスを告知する。その告知(=きっかけ)を素直に受け入れ、そして目白という場を活かしたときに、マリア(=新たな魅了)が出現する。そんなイメージです。こんな粋な心意気を実現できるのは、ロックな人たちでしょう。魅力ある場での出会いが、あらたな価値を創出することを願い、基本理念「バ・ロック」を発明しました。

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目白という「バ=場」に「ロック=挑戦的」な人が集います

バ・ロックの「バ=場」の定義
1 : すでにある「歴史的な資産」を活かすこと
2 : 「新しい才能」を発掘し応援すること、
3 : 「魅力的な商品」を提供し地元も進化しつづけること

バ・ロックの「ロック=人」の定義
1 : こだわりをもって「挑戦」していること
2 : そしてそれが「ハイクオリティ」であること
3 : 人と人との交流を促す、「ハート=LOVE」があること
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 つまり、この音楽祭に関わる人は「ロック」な人でなければ、ならないんです。そして、こういうわかりやすいコンセプトを呈示することで、長々しい説明を省くこともできます。 「あなたはロックですか」「僕たちの音楽祭は、自発的に行動できる人でないと参加できません。積極的な意思がなければ、とても外からお客さんを呼べるようなイベントはできないからです」と訴えてきました。

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東京カテドラル聖マリア大聖堂での演奏会風景

——話は、根本的なことにもどって恐縮ですが、これらの費用はどこから出ていたのでしょうか。


 「目白バ・ロック音楽祭」は、予算ありきでやっているものではないんです。私は一市民ですので行政が取り組むような地域活性化が目的ではありません。「バ・ロック」というコンセプトによる人と社会との絆づくりへの挑戦でした。いわば民主導による公共事業です。さらに世界に誇れるクオリティを維持するためも、演奏会はプロフェッショナル(有料)でなければならないと考えました。そして、このチケット収入が事業予算の2/3です。そのためチケットが売れなければ事業は大赤字となります(笑)。弊社ならびに実行プロデューサーは、理念実現のためにさまざまな工夫と投資、資金調達を行いました。その他に芸術文化振興基金や協賛企業による協賛金等などが運営資金となりました。音楽祭の中心会場の一つ目白聖公会の河野牧師は「バ・ロックの活動は、自分ができることを出し合うこと」と表現されました。そのような気持ちがたくさん集まったからこそ、予算がない中でこれだけ社会的にインパクトのあるイベントを開催することができたのだと感じています。

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目白バ・ロック音楽祭実行委員会メンバー一同

——商店街の方たちの反応はいかがだったでしょうか。目白通りは、新宿区、豊島区、文京区と3つの区が入り組んでいる通りでもありますね。


 商店の方々は、戸惑ったと思います。もし、僕が逆な立場なら、「あんた、誰?なんのためにやるの?」なんて疑って、真っ先に断っていたでしょう(笑)。そういうことも理解できるので、親しいお店の方々とかかわりながら協賛店を増やしていったということでしょうか。自分たちが実現したいことをまず自力でやってみせて、まず貢献し、成果をみてもらおうと考えました。商店街の方にとっても、目白以外のところからわざわざ来ていただけるというのは、大きなチャンスではあるわけですから。

 ただ、こういった目白通りを一つにするようなイベントは、地元の商店会の方には難しいでしょう。というのも、この目白通りは、文京区、豊島区、新宿区という3つの区にわたっていて、商店街が多数あるからです。地元の論理からすれば、区境までとなる。でも、お客さんにしてみれば、区などどうでもいいわけです。だから、そういう立ち位置に立てるのは、どこの区とも商店街とも利害関係のないよそ者なのです。僕は、彼らとは利害関係がないので、自分の行動や立ち位置がデザインできるのです。加えて、僕は音楽業界との利害関係もない。参加するすべての方に、「あなたはバ・ロック!?」と挑発していたと思います。

 それから、僕がデザインしていく上で一番大切にしたことは、「証拠を残すこと」です。とくに演奏の場合は、聴いた人しかわからないわけです。次のことを仕掛けていくためにも、新聞や雑誌に載ったことやアンケートの集計、書籍化など紙に定着させ、記録として残すことを心がけました。初年度は、成果報告も作って、みなさんにお配りし、2回目につなげていきました。

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音楽祭アテンダントの交流風景

——第2回目は、協賛する参加する商店も増え、NHK番組「芸術劇場」でも放送されました。その広がり、そして4回で「第一幕の閉幕」までの経緯をお話いただけますか。


 2回目は、「むしろ、今回が第1回目です。安心して参加しませんか」と、お誘いができましたが、一方で、前回から関わってきたスタッフたちには、進化するようすをわかりやすく示していくことが大切だと考えました。それぞれのモチベーションをデザインするというのでしょうか。そこで、2年目は新聞の朝刊、TVで放映するという目標を掲げました。
 そこで、嬉しかったのが、行政が連携してくれたことです。とくに豊島区さんは「お金はありませんが、労力とパブリシティで協力します」と言ってくださいました。豊島区さん経由で、大手新聞に掲載されたり、雑誌の記事になったりと民間の僕らにはできない力を貸してもらいました。結果的に、誕生2年目の目白バ・ロック音楽祭の活動コンセプトがNHK番組「芸術劇場」のなかで15分放送されました。音楽の内容というより、目白の地元の人々が、花を活けたり、Tシャツを作ったり、どんなふうに自発的に協力してくれているのかのほうに力点が置かれていましたね(笑)。テレビ化されたことで全国区になりました。

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あなたはバ・ロックな人

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オリジナル商品「バ・ロックカフェ」


 3回目は、目白ブランドの定着と、音楽と街を楽しむことに目標をおきました。音楽のほうは全国区になったのですが、お店のほうにもっとお客さんが入るようにしたいと考えました。そこで、音楽と街を連携させようと、第3回は、会場や協賛店が載っている携帯マップを作り、会場で手渡ししました。ちなみに、このマップには「税込み200円」と記載してあります(笑)。「手渡し」することの目的は、価値ある商品をわたしたちのお客さんはどう受け取ってくださるのか、またどんなお客さまが来てくださるのかをしっかりと観察しようということでした。とても、反応がよかったし、「うちのお客さんって、いいお客さんなんだな」ともわかりました。
 さらに多くの新聞にも掲載されました。僕としては、もう満足していたのですが、収支の面の甘く、入場率93%もありながら大赤字となりました。そこでビジネスモデルとしての完成を目的に4回目を開催することにしました。
 4回目で事業的にはようやく黒字化を実現しました。ただ、僕はここでもう1回、原点に戻りたいなと強く思うようになり、「閉幕」としました。

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第4回目にして、豊島区協力により目白駅前に垂れ幕掲載を実現!


 バ・ロックの活動主旨である「社会のIT化が進み、人との関係性が希薄になっていくからこそ人と人とが真剣に向かい合う《場》を創りたい」。このことを大切にして、新たにクリエイトされる「第二幕」へつなげたい。そのためにも「第一幕」としての活動にピリオドを打ちました。目白の街の方からは、「今年は、やらないの?」なんて声をかけられますが、僕は自分以外のバ・ロックな人による、新たな挑戦を見てみたいという気持ちもあります。「バ・ロック」というコンセプトが拡大解釈され、さまざま地域、さまざまなテーマで「○○バ・ロック」が誕生したら楽しいだろうなと夢見ています(笑)。

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目白バ・ロック音楽祭の風景

——ありがとうございました。


<プロフィール>
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筒井 一郎(つつい・いちろう)

株式会社ヌールエ デザイン総合研究所代表。“時代の二歩先を実行する”を活動理念にデザインの可能性を追求。2001年より、人(リアル)Xコンテンツ(アナログ)X情報通信(デジタル)を相互に活かした 場づくりプロジェクトi debut(アイ・デビュー)を軸に多 角的に事業を展開する。近年では文化出版局「装苑賞」「銀花壇」、目白地域で開催した「目白バ・ロック音楽祭」などを本プロジェクトの一環として手掛けてる。「動物かんきょ う会議」「クロッチ」企画がライフワーク。2008年に新宿 区より地域貢献賞受賞。